2005年06月11日

”海辺のカフカ”から一連のサッカー騒動を

いまさらですが日本のワールドカップ出場が決まりました

一日本人として嬉しい限りですが、今日はあえて一連のサッカー騒動を斬ってみます

というのも村上春樹の「海辺のカフカ」を柄にもなく読んでいたら以下のような文章にあったものですから

以下抜粋

青年はその柔らかい椅子の中で、目を閉じて音楽を聴きながら、色んなことを考えた。

おもに自分というものの存在について考えた。
でも考えれば考えるほど、そこには実体がないみたいに思えてきた。
そこにあるのはただの意味のない付属物でしかないという気がしてきた。

たとえば俺はこれまで中日ドラゴンズを熱心に応援してきた。
でも俺にとって中日ドラゴンズというのはいったい何なんだ?

中日ドラゴンズが読売ジャイアンツに勝つことで、俺という人間が少しでも向上するのだろうか?

するわけないよな、と青年は思った。
じゃあなんでそんなものを、まるで自分の分身みたいに今まで一生懸命応援してきたんだろう?

抜粋終

”中日ドラゴンズ”を”日本”に、”読売ジャイアンツ”を”北朝鮮”に変えてみたら・・・?

自分が熱を上げているものが自分を向上させているものなのか
たまに考えてみるとまた違った視点がでてくるかもしれませんね

いつもクリックありがとうございます
3〜5位がなにやら激戦区です。今は何位なんだろう?



訪問頂き、ありがとうございます、みなさんに訪問していただいてる自分は本当にツイてます
訪れていただいたすべての方に、すべての善き事が、雪崩の如く起きますように


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